トップページ > 大学の技術・ノウハウ > 天蚕糸と同等の緑色絹糸を生産する遺伝子組換えカイコ・サクサンの開発
資料 | |
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組織名 | 学習院大学 理学部 生命科学科 李 允求助教 |
技術分野 | その他 |
概要 |
天蚕糸は、煌めくような淡青色の色彩を有する高価な生糸です。しかし、天蚕(ヤママユガ)は、クヌギ林に放牧して飼育するため、その管理には大変なコストがかかり、かつ環境条件に左右されるため、作柄が安定しません。この青色の色素実体は、Biliverdin IXγという物質です。 |
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【簡略図】
図左上:左が天蚕繭
図右上:Biliverdin IXγの構造式
図左下:エリサン 左のG0は、g852遺伝子をノックアウトした個体。正常型は青い棘をもつが、この個体は体表が白い。
図右下:サクサン 下側の個体は、g852遺伝子をノックアウトした個体。正常型は緑色をしているが、この個体は青い色素が欠落して黄色い。
【背景】
天蚕がつくる生糸は、煌めくような淡青色の色彩を有しており、高価な天然繊維です。しかし、天蚕の飼育はたいへん困難で、また、養蚕業界自体も担い手が少なくなっています。ゲノム編集技術を用いて、天蚕よりも飼育が容易なカイコやサクサンに、天蚕と同等な緑色をもつ絹糸を作らせることができれば、業界の活性化に寄与できるものとなります。研究者はまず、この青色の色彩を生む色素Biliverdin IXγを輸送するタンパク質をコードする遺伝子を特定しました。そして、この遺伝子の機能が、ヤママユガ科昆虫において広く保存されていることを発見しました。本研究は、この遺伝子を、飼育しやすいカイコやサクサンの絹糸腺に強制発現させる遺伝子組換えをおこなおうというものです。
【技術内容】
<ヤママユガ科昆虫が青色色素を輸送する遺伝的な仕組みを解明>
ヤママユガ科昆虫などがもつ青色の実体は、Biliverdin IXγという色素です。ヤママユガ(天蚕)では、血液から糸を生み出す器官(絹糸腺)に黄色系色素(カロテノイド)と青色色素であるBiliverdin IXγが輸送され、煌めくような緑色の絹糸を生み出します。
まず、天蚕と同じく鱗翅目ヤママユガ科に属するエリサンとシンジュサンという昆虫を用いて、この色素を体表(真皮細胞)に輸送する機能をもつ遺伝子を特定しました。CRISPR/Cas9システム(ゲノム編集技術のひとつ)によって、この遺伝子をノックアウト(欠損)したところ、体表が白くなりました。この遺伝子がコードするアミノ酸配列は膜貫通型トランスポーターと相同性があり、血中から真皮細胞にBiliverdin IXγを運び込む役割を持っていることが解明できました。この遺伝子をg852と仮称します。
<さまざまな「アオムシ」でもこの機能は保持されている>
同じヤママユガ科昆虫であるサクサンにおいて、g852遺伝子をノックアウト(欠損)したところ、体表の大半から青色が消失し、黄色色素だけが真皮に蓄積した個体となりました。また、ゲノム配列が解読されている鱗翅目昆虫に関していえば、この遺伝子を持たない、あるいはこの遺伝子が壊れていると推測される種は見つかりませんでした。このことから、一般に「アオムシ」と呼ぶような生物においては、g852の機能が保持されているのではないかと予想しています。
<飼育しやすいヤママユガ科昆虫でも緑色の絹糸を生み出す系統を開発>
青色色素を輸送する遺伝子を、糸を作る器官(絹糸腺)に強制発現させることを試みました。遺伝子組み換えの手法であるphiC31 Integrase systemを用いて、カイコやサクサンの絹糸腺にg852遺伝子を強制発現させ、天蚕に代わる飼育しやすい系統の開発を試みたものが、本研究の技術です。
【技術・ノウハウの強み(新規性、優位性、有用性)】
天蚕(ヤママユガ)は、クヌギ林に放牧して飼育するため、その生育の管理には大変なコストがかかり、かつ環境条件に左右されるため、作柄が安定しません。カイコや、ヤママユガよりも低コストで飼育できるサクサンで、天蚕糸と同等の緑色絹糸を生産する遺伝子組み換えの系統を開発することができます。
【連携企業のイメージ】
養蚕業界にかかわる企業の方々と連携することをイメージしています。
1つの企業だけと連携するのではなく、将来的には養蚕業を営んでおられる農家の方、生産された生糸を加工する業者の方、生産された繊維を加工する業者の方、着物などの卸売りの業者の方など養蚕に係る企業の方々と連携し、養蚕業界の発展に貢献できるような仕組みを作りたいと考えています。
また、このプロセス全体をプロデュース・マネジメントしていただけるような業者の方のご協力も歓迎します。
本研究成果を活用し日本の養蚕業界だけでなく、韓国をはじめとする近隣国においても広く養蚕業の再興に貢献したいと考えています。
【技術・ノウハウの活用シーン(イメージ)】
作出できた緑色絹糸を生産できるカイコまたはサクサンの系統の卵を、養蚕農家または蚕種業者とともに、より質の高い(付加価値が高く、細くて丈夫な)生糸を安定して生産できる飼育環境づくりに取り組みたいと思っています。
また、できた生糸を加工する業者の方々とともに、最終的な着物に仕上げるまでのプロセスをプロデュースしていただけるような企業との連携も歓迎します。
【技術・ノウハウの活用の流れ】
本研究にご興味があればお気軽にお問合せください。
詳しい研究紹介を含め、連携に向けご面談等のアレンジが可能です。
【専門用語の解説】
天蚕糸:天蚕とは、鱗翅目ヤママユガ科に属するヤママユガ(Antheraea yamamai)の別称であり、天蚕の繭から製糸された生糸を天蚕糸と呼ぶ。カイコの生糸とは異なり、青い色彩を持ち、またカイコの生糸よりも高値で取引される。天蚕は、長野県や群馬県などで飼育されている。
エリサン:完全に家畜化された、幼虫が白い体表をもつヤママユガ科の昆虫。日本では馴染みが薄いが、わずかながら養蚕農家で飼育されている。
シンジュサン:ヤママユガ科に属し、エリサンに近縁な昆虫。全世界的に生息しており、日本にも全国に生息している。エリサンとは異なり、幼虫は青緑色の体色を示す。
サクサン:中国原産のヤママユガ科の昆虫。明治時代に日本に輸入され、長野県などで飼育されている。群集性が強く、移動性が乏しいため、野外の放養が普通である。
Biliverdin IXγ:ヤママユガ科昆虫が有する青色の色素。一般に「アオムシ」と呼ばれるような種においては、Biliverdin IXγあるいは類縁の色素が黄色の色素と重なり合って、緑色を生じさせている。
CRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)*1:DNAの二本鎖切断を原理とする遺伝子改変ツール。
phiC31 Integrase system *2:目的遺伝子を導入するドナーベクターと、phiC31インテグラーゼ発現プラスミドを用いて、ウイルスを使用せずに一段階反応で目的遺伝子をゲノムに組み込めるシステム。
【備考】
*1 https://m-hub.jp/biology/4829/332 M-hubより引用
*2 https://www.funakoshi.co.jp/contents/7553 フナコシより引用
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